祥貴の仕事術

断られて断られて

「小さなはんこに何文字まで彫れますか?」来店されるや否や、慌てた様子での質問。
詳しくお話しを聴くと仕事で訂正印が必要、そしてお客様のご苗字は4文字で画数が多いとの事。正直「これは難しいお名前だな;」と心では思ったが、お任せ下さい!と自信を持って笑顔で返答する。安堵の表情を浮かべるお客様が続けてお話しする「断られて断られて・・・東曜印房さんに来たんですよ」と。
1店舗目はホームセンター、既成の訂正印にお名前が無かった。
2店舗目は印章店、機械の調子が悪くて彫れないと。
3店舗目も印章店、色々と説明され断られたが理由が理解できなかった。
4店舗目は文具屋さん、そこで近くにある当店を紹介して貰った・・・と。
現在、機械を使ってはんこを彫刻している店は9割以上で、自分も1部の工程で機械を使っている。しかし日々の勉強や作品展では全て手作業=手彫りで行う、それは商人的な視点では利益を生み出さない無駄な労力や時間なのかもしれない。
自分の自負、それは職人であると言う事。
機械に使われず、機械を道具として使い、いざと言う時には同じ作業を全て手で行えると言う自信。特に今回のご注文では機械だけでは彫り切れず、細部に手を入れる必要がある(他店で断られた理由に当たる)。全体から見れば0.1%にも満たない、そんなお客様の要望に専門店として応える為に。
効率や利益のみで全てを計らない、技術研鑽の努力は決して惜しまない。

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驕る事なく、媚びる事なく

はんこの受注時にお客様に決めて頂くのは、大きく分けて「印材」「大きさ」「書体」の3つ。印材と大きさははんこを使われる方のご年齢や性別、ご予算等で決めていく。肝心要の書体、そして印文(彫刻する文字)の配字方法を決定する時には細心の注意を払う。
インターネットではんこを注文する様に、ただ価格だけで印材や大きさを決める。幾つかの選択肢から気に行った書体を選び、文字の並べ方を縦か横かクリックするかの様に・・・そんな余りに安易な決め方をされるお客様には時に苦言を呈す事も。印材により価格が違うのは理由があり、大きさも使用用途や彫刻する内容に適したサイズがある。文字の数はお客様のお名前(または会社・団体名など)によって様々で、画数の差ははもちろん、文字それぞれに特性が有り、それぞれに適した書体や配字の仕方が有る。
お客様へのご意見、それは職人の驕りでは無く、お客様のお名前が1番美しく表れる形で彫刻したいから。またどんなに地位の高い方や高価な印材でご注文を頂けるお客様に対しても同様で、媚びる事なくお客様の為に必要と感じたらご意見させて頂く。
専門知識を持ってお客様に良いと思われる選択肢をご提案する・・・時には怒って帰られるお客様もいらっしゃいますが(苦笑)、これが専門店の存在意義で役割。また数多くある印章店から当店を選び、ご来店下さったお客様の為と信じて。

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技術を高める

一級印章彫刻技能士となった2006年から、技術を高める為に毎年挑戦を続けている作品展がある。隔年開催の全国印章技術大競技会、職人日本一を決める全国技能グランプリ、毎年開催で業界最古・印人の登竜門と呼ばれる大印展。
最初の頃は入賞までの道程は果てしなく感じたが2009年に初めて銅賞を受賞、その時の喜びは今も忘れられない。その後も金賞を含めて入賞を続け、2014年には全国印章技術大競技会にて最高栄誉となる特別賞の厚生労働大臣賞を頂く事ができた。受賞をしメディアにも取り上げられると聞こえてくる声は賞賛だけでなく僻み嫉みも少なからず有る。時に自身の栄誉のみを求めていると勘違いされる事も多いので、必ず「これは本番の為の練習、全てはお客様の為です」と言う言葉を伝える。
技術研鑽は終わりのない道で昨日よりも今日、今日よりも明日を永遠に繰り返す。また仕上がりの美しさだけでなく、一分一秒でも早く彫る・・・それが実用印を彫刻する職人の目指す所。その進んでいる方向が正しいか否か、また独りよがりとなっていないか、作品展で全国的にも著名な先生方に作品を評価して頂く事で確認をする。作品展に出品する、それは即ち自分の彫った印を先生方だけでなく日本中の同業に観られると言う事で、本音を言えば職人にとって避けたい道。しかし技術を高める為には避けては通れない道ならば、厳しい評価も自己の糧にして終わりない道を歩み続ける。
技術を高める、全てはお客様に最高のはんこをお届けする、その為に。

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道具への敬意

はんこを彫る為に必要な大小様々な道具達・・・例えば6~10本程の印刀(いんとう)。
自分の手の大きさ・指の長さを考慮し、柄の長さや太さを決め、鋼を据えて籐で巻き上げる。粗砥石で形を作り、中砥石で刃を付けて、天然の仕上げ砥石で切れを出す。正真正銘、自分自身のてづくりで世界にひとつ。僕が技術を習い、今は指導員として教えている職業訓練校でも最初に覚える事は道具作りではんこを彫り続ける限り、道具の手入れは一生続く。
彫り始めの一礼、彫り終わりの一礼は、鋼を打つ職人さん、砥石を採掘する職人さん・・・印刀が出来上がるまでに関わる全ての人へ敬意を込めて。また最高の道具を遺してくれた祖父へ、感謝の気持ちも忘れずに。

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結果と過程の美しさ

「あなたにとって職人や職人技って何ですか?」
以前、地元の商業祭りの彫刻実演中に突然問われた質問。辺り障りの無い言葉で答えるのは簡単だけど、考えれば考える程に深い一言では説明出来ない問い。商品の品質は職人として当然・・・いや商人としても当たり前の事、それを支える職人技も言わば当たり前の事。それなら職人とは?職人技とは?
「結果と過程の美しさ、ですかね」
間髪入れずに答える事が出来たのは、まさに彫刻実演中ではんこから目が離せなかったから。結果だけで無く過程にも価値がある、彫刻する様子こそ見て欲しい商品だったんだ。その姿はきっとお客さんの心に残る、もしかしたら商品以上に。彫刻にひと息付いて顔を上げると、初老の男性は笑顔で「30分近く楽しませて頂きました、ありがとう」とその場を後にしました。この事があってから以前は店の2Fで行っていた彫刻作業をお客さんに見て頂ける1Fで行う事に。後日談ですが・・・その方は、お孫さんの実印を最高の印材でご注文下さいました。職人技を見せて頂いたお礼、と菓子折りをお持ちになって。

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