小学校卒業証書に他校の公印
3/30(水)読売新聞の記事です。
「小学校卒業証書に他校の公印…古代文字で4年間気づかず、漢字に詳しい児童が発見」
兵庫県尼崎市教育委員会は29日、市立小学校1校が今春までの4年間、他校の公印を誤って印刷した卒業証書を渡していたと発表した。
印刷データを取り違えたとみられ、今春の卒業生がミスを見つけるまで誰も気づかなかったという。
小学校は、4年間の卒業生計553人の家庭を訪問して謝罪し、正しく印刷された卒業証書と取り換える。
市教委によると、卒業証書に印刷されている2種類の公印が、校名が一文字違いの近隣小学校のものになっていた。
2018年度に卒業証書への公印の押印を手作業から印刷に変更した際、市教委が印刷システムの導入研修でサンプルとして示したデータが近隣小学校のもので、取り違えた可能性が高いという。
公印の印影は古代文字の篆書(てんしょ)体で、教職員は気づかなかった。
今春に卒業した児童が漢字に詳しく、小学校に「間違っている」と問い合わせ、発覚したという。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f990c0cf4eb7d210bc67609b95a0650b96dc30c9
とても残念なお話しですね。
決して押印を印刷に変更した事の是非を問うのではなく、またなぜ学校印を取り違えたと言うミスを追及すると言う事ではありません。
何よりも大切なのは「何故、卒業証書に印があるのか」と言う事を理解していない事だと感じます。
証書を渡す責任、受け取る重み、そこに印がある意味を深く考えれば、この様なミスは防げたはずです。
学校関係者や教育委員会には文字に詳しい方はいらっしゃいますし、またその様な方と繋がりを持っている方も多いでしょう。
確認する術は必ずあるのですから。
誰の責任と言う話ではなく、印章軽視がそもそもの原因です。
しかし「卒業証書は印刷ではなくやっぱり押印で!」と言う話でもないのです。
(もちろん、はんこ屋の意見としてはそう在って欲しいですが)
ネットのコメントには「卒業証書なんて単なる記念品、何に使うワケでもないから・・・」とありますが、これも大きな間違いですね。
ポイントは「大切な事を、大切に扱うと言う、至極当たり前の事」です。
世の中を便利にする時に、大切な事を見落としてはいけません。
後々必要ないのだから・・・と言う見方なら、誕生・成人・結婚など、様々な人生の転機に行う事が無駄だらけになってしまいます。
大切な事を大切に。
利便だけを優先するのでなく、思いを大切に生きてゆきたいですね。
そして気付いた児童には是非、表彰状を♪